「知っている」から「できる」への道のり。情報は活用してこそ意味がある

新しい時代のラーニングプラットフォーム、UMU(ユーム)を提供するユームテクノロジージャパンです。

テレワークが常態化している昨今ですが、勤務時の情報伝達やコミュニケーションにおいて、今までと変わらずに「問題なく行われている」と自信を持って言える企業はそう多くはないと思います。一体相手がどこまで理解しているのか、そしてどのように行動に反映されているのかをテレワークで正確に把握することは難しいですよね。

そこで今回は、テレワーク時における効果的な情報伝達のいくつかのポイントをお話ししたいと思います。

 

テレワーク時の情報ラッシュ。過剰に提供していませんか?

業務を行う上で有用な情報や参考になる資料などをオンラインで送ることは、上司と部下の間であるいは同僚間で日常的に起こっていることだと思います。記事のURLや論文のPDFなどが無作為に貼り付けられ、読むも読まぬも本人の自由と解釈してしまう場合もあるでしょう。しかし情報提供側からすれば何らかの意図や目的があってのアクションなので、この場合は提供側が責任を持ってその情報にアクセスしてもらうように工夫すべきと言えるでしょう。

無味乾燥なURLの列挙ではなく、そこに情報提供者の意図や目的、あるいは要約や感想などを書き添えることで情報が伝わりやすくなります。

また自由コメントし合える環境をオンライン上で用意することもできます。情報が受け手にきちんと腹落ちして、それについてそれぞれが自分の言葉でフィードバックし合えるようになることで、情報は再び息を吹き返すのです。

テクノロジーの利便性に甘えてあれもこれもとURLを貼り付けるような情報提供では意味がありません。「これを本気で読ませたい」と思える情報はそう多くはないはずです。情報は受け手以上に提供側が取捨選択しなくてはならないのではないでしょうか。

 

「発信者もコンテンツの一部である」という考え

ちょっとショックな話かもしれませんが、URLを貼り付けるだけでも受け手が貪欲にその情報に手を伸ばすケースがあります。それは発信側にカリスマ性や魅力がある場合です。実際に「あの人が言っていることだから聞いてみよう」「あの上司が良いと言っているのなら、きっと良いはずだ」などと、情報を発信しているのが誰なのかということが情報の食いつきを大きく左右するのです。つまり、情報においては発信者もコンテンツの一部ということなのです。

しかし、これは目指そうと思ってもなかなか目指せるところではありません。カリスマは一日にして成らずとでも言いましょうか、長年の経験や実績に裏打ちされた確かな才能や能力が備わっている人だからこそ持ち得ることができるのです。

カリスマ性以外には発信側と受けて側の信頼関係も重要なポイントです。部下や後輩の信頼が厚い人は、自分が発した情報をきちんと相手が受け止めリアクションも得られるというわけです。

このように情報発信者も含めてのコンテンツと自覚することは、日常の人間関係を見直す良いきっかけにもなるでしょう。

 

情報発信をデザインする。キュレーターとしての発信者の役割

優れた情報発信とは何かを考えてみましょう。例えば新聞記事やニュース番組は新聞社やテレビ局ごとに個性がありますよね。それはそれぞれが情報をどのように切り取り、どのように見せるかで差別化を図っているからです。

情報を独自の視点で切り取り、編集し、新たな価値を付随させて発信をするという作業はキュレーションと言ってもいいかもしれません。キュレーションこそがこれからの時代に情報発信していく上で必要なスキルではないでしょうか。

情報をまとめるだけでなく、問いかけも入れることが大切です。そうすることで考察しながら情報を受け取ることができるので情報共有の質が大きく上がります。

 

「知った」その先に何がある?行動変容までの道のり

そもそも何のための情報提供かというと、それが実務に役立つという理由に他なりません。

大学のゼミのように学びによって深い洞察を得ることが目的ではなく、それを知ることによってパフォーマンスが向上し、生産性が上がるということが目的なのです。つまり「知った」「理解した」というのは、その先の行動変容に続く初期設定ができたということでしかありません。

しかし新しい知識を獲得して、それを行動変容に繋げるにはサポートが必要です。その知識をどこでどのように活用するのかということを具体例とともに示し、さらには実際にやってみるところまで併走しなくてはなりません。過保護なようにも思えますが、行動変容までをしっかりと見届けるところまでが情報発信側の責任なのです。

営業職であればお手本をなぞるだけではなく、実際に真似てやってみることで得られる手応えはあります。トライアンドエラーを繰り返しながら、適切なフィードバックをもらうことでパフォーマスは向上していきます。しつこいくらいに手をかけることが必要ということです。

 

学ばざるもの働くべからず?!業務の一環としての学び

情報は常にアップデートされています。変化が激しい時代には、学び続けることは避けられないということですね。実際に海外の先端企業では「テクノロジー」と「教育」への投資を積極的に行い、そこに多くの費用が割かれています。社員の学びと生産性は比例するというデータがあるので企業は戦略的に学ぶ環境を日常業務の中に用意しているのです。

そしてこの日常的な学びはテレワークとも好相性で、UMUのようなプラットフォームがあれば場所を選ばずに多様な学びを受けることが可能になっています。知識獲得部分はもちろんですが、学びを深める意味での質問やディスカッション、実務におけるロールプレイなど内容に応じて効果的な方法で学びは展開されています。上司と部下が、あるいは同僚同士が影響し合い有機的に実践方法を身に付けていくのです。

そして言うまでもないことですがテクノロジーやツールの発達だけでは生産性は上がりません。それらを味方につけ、息を吹き込み、現場で活用していくのは私達自身です。学びにおいてどんなに周辺的なことが発達してもイニシアティブを取るのは人間でなくてはなりません。受け取った情報を、そして獲得した知識をどのようの活用していくのか―ここに私たちの実力が問われてくるのでしょう。

 

「できる」はゴールではない。さらなる生産性の向上を目指して

 生産性を売り上げに直結した金額ベースの話として捉えていたら、それだけでは理解が不十分ということになります。生産性には貨幣価値に換算できない“何か“を生み出すという意味合いも含まれており、これこそが無限の可能性を秘めた部分なのかもしれません。

「知っている」が「できる」に変わって行動変容が達成されたとしても、まだまだ先はあるのです。新しく手に入れた視点で世界を切り開き、まだ誰も見たことのない生き方/働き方を実現していくことが、真の生産性の向上とも言えるのではないでしょうか。

 

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