【AI戦略成功の鍵】経営層のAIリテラシーを「組織能力」に転換するには?(学術論文レビュー)
AI技術がビジネス環境を激変させる中、多くの経営層が共通の課題に直面しています。AIは将来の成長を左右し、競争優位性を築く鍵であることは間違いありません。しかし、多額の投資を行っているにもかかわらず、目に見えるビジネス成果に結びついていない企業が後を絶たないのが実情です。
世界の経営幹部を対象としたある調査では、実に70%もの企業が「AIによるビジネスインパクトは限定的である」と回答しました。なぜ、多くの企業が苦戦するのでしょうか。AI活用を成功させる企業と、そうでない企業を分ける「決定的な要因」はどこにあるのでしょうか。
この問いに対する答えを、ドイツ・ダルムシュタット工科大学の研究チームが学術誌『Electronic Markets』にて発表しました。同研究が導き出した結論は明確です。成否の鍵を握るのは、経営層(TMT)が持つ「チーム全体のAIリテラシー」にほかなりません。
本調査は、6,986人の企業経営層の公開データを分析し、経営層のAIリテラシーが「AI戦略」「投資判断」「人材採用」に与える影響を体系化しました。本稿では、この膨大なデータから得られた知見を基に、経営層や人事責任者がAI導入を成功させるための「科学的根拠に基づく指針」を解説します。
1. 研究の背景:AIトランスフォーメーションにおける経営層の役割とは?
企業の意思決定や業績は、経営層の経験や価値観を反映するという「上層部理論」は、経営学の主流な考え方の一つです。これまでの研究では、この理論に基づき「役職志向」の視点が採用されてきました。つまり、「CIO(最高情報責任者)やCTO(最高技術責任者)というポストがあるか」だけで、その企業が技術を重視しているかを判断してきたのです。
しかし研究チームは、この「役職志向」には限界があると指摘します。第一に、同じ「CIO」でも企業によって責任範囲が異なり、定義が曖昧だからです。第二に、AIの影響は法務、マーケティング、人事など全領域に及ぶため、特定の技術職だけでなく経営チーム全体の集合知が不可欠だからです。そして何より、経営者の行動を決定するのは「役職名」ではなく、実質的な「スキルと知識」であるという事実が見落とされています。
そこで本研究では、評価軸を「役職」から「スキル」へと転換し、経営層が保有するAIの知識レベルを直接測定しました。ここで測定対象となる能力が「AIリテラシー」です。これは単なる技術知識ではなく、「AIを批判的に評価・活用し、AIと効果的に協働できる総合的な能力」と定義されています。
2. 核心的な問い:個人のリテラシーは、いかに組織の推進力へ変わるのか?
経営層のAIリテラシーが、実際の企業活動にどのようなインパクトを与えるのか。本研究では、そのメカニズムを解明するために4つの主要な要素を分析しています。
1.独立変数:経営層のAIリテラシー(TMT AI Literacy)
AI導入を推進する核となる要素です。特定の個人だけでなく、「経営層全体のうち、AIリテラシーを持つ幹部がどの程度の割合を占めるか」を測定します。一部のスタープレイヤーではなく、チーム全体の「密度」に着目している点が特徴です。
2.従属変数:AI志向性と人事領域におけるAI推進力
- AI志向性:企業がAIを戦略上の最優先事項とし、明確な計画のもとでリソースを投入しているかを示します。これは、経営層の関心が企業の方向性を決定づけるとする、上層部理論の「アテンション・ベースト・ビュー(ABV)」に裏付けられています。
- 人事領域におけるAI推進力(以下、「AI推進力」):企業が人材採用と配置を通じて、AIプロジェクトの成功を確実に実現する能力を指します。研究チームは、この能力を測る中核となる指標は「AIスキルを持つ人材を確保し組織に組み込めるか」であると主張しています。
3.調整変数:企業のタイプ
本研究では、企業をスタートアップ企業と既存企業の二つのタイプに分類しました。これは、組織の種類によってリソースの構造や組織の慣性が異なるためです。一般的に、スタートアップ企業は柔軟性や機動性が高く、意思決定が迅速に進みます。対照的に、既存企業はより豊富なリソースを有している一方で、複雑な社内プロセスや企業文化によって制約を受けている可能性があります。
上記の要素に基づき、研究チームは以下の二つの課題を設定しました。
- 研究課題1:経営層のAIリテラシーは、企業の「AI志向性」および「AI推進力」にどのように影響するか。
- 研究課題2:研究課題1の影響度は、企業のタイプ(スタートアップ企業と既存企業)によってどのように変わるのか。
さらに、これらの関係性を検証するため、以下の仮説が立てられました。
- 仮説1:経営層のAIリテラシーが高いほど、企業のAI志向性は高くなる。
- 仮説2:経営層のAIリテラシーが高いほど、企業のAI推進力は高くなる。
- 仮説3:企業の AI 志向性が高いほど、AI 推進力も高くなる。
- 仮説4:経営層のAIリテラシーは、企業のAIに対する姿勢(AI志向性)を介して、間接的にもAI推進力を強化する。すなわち、経営層のAIリテラシーは、AIタレント採用の直接的な推進力となるだけでなく、明確なAI戦略の確立というプロセスを経ることで、採用活動の強力な指針としての役割も果たす。
- 仮説5&仮説5b:経営層のAIリテラシーがAI志向性やAI推進力に及ぼす影響の程度は企業のタイプによって異なり、スタートアップ企業ではその影響がより強くなる。
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上記の仮説を検証するため、研究チームはビジネス特化型SNS「LinkedIn」から6,986人の経営層の個人スキルデータと関連する645社分のデータを入手しました。これにより、各企業の経営層のAIリテラシー、企業のAI志向性、AIの組織能力を構築するために企業が採用した採用方針を定量的に分析することで、主観を排した客観的な相関関係を導き出しています。
3. 分析結果:経営層のAIリテラシー、AI戦略、AI推進力の相互作用
データ分析の結果、仮説の大部分が立証され、経営層のAIリテラシーが企業のAI導入を加速させるメカニズムが判明しました。個人のスキルが、いかにして組織全体の能力へと転換されるのか。そのルートは以下の通りです。
発見1:経営層のAIリテラシーは、企業のAI戦略と導入を推進する核となる要素である
本調査では、最初に経営層全体のAIリテラシーが、企業のAI導入を根本的に推進する力であることを実証しました。経営層のAIリテラシーが高いほど、企業は以下の二点において、より優れた成果を出す傾向が見られます。
- 戦略計画の中で、AI導入の方向性や目標を明確に打ち出すこと。
- 経営層が採用方針に直接関与し、人事部門によるAI人材の積極採用を促している。
発見2:明確なAI戦略は、AIタレントの採用を有利に進める
さらに本調査では、経営層がAIタレントの採用を直接推進する一方で、人事部門はこうした変化を受動的に受け入れるのではなく、主体的に動くことが明らかになりました。企業のAI戦略が明確かつ具体的に定義されている場合、人事部門もこのビジョンに共感し、採用プロセスにおいてAIタレントの採用を積極的に実施します。つまり、優れたAI戦略は組織の求心力を高め、現場の自律的なアクションを引き出すのです。
発見3:企業のタイプはAI導入のプロセスに顕著な影響を与える
最も示唆に富む知見は、スタートアップ企業と既存企業におけるAIトランスフォーメーションの道筋の「決定的な違い」です。
- 戦略策定レベルでは、企業のタイプに関わらず、経営層が十分なAIリテラシーを持っていれば、AI戦略を策定する意欲や能力に顕著な相違は見られません。
- しかし、戦略実行レベルでは、大きな差が生まれます。調査の結果、スタートアップ企業においては、経営層のAIリテラシーがAIタレントの採用行動により強く結びつく一方、既存企業ではそのスピード感や連動性が失われがちであることが判明しました。
4. 研究からの洞察:AIトランスフォーメーションは、経営層の意識改革から始まる
企業のAIトランスフォーメーションは、経営層全体がAIへの理解を深めることから始まります。これは、一部の技術系幹部だけで解決できる問題ではなく、単なる技術導入と捉えるべきでもありません。経営層全体がAIリテラシーを身につけて初めて、AI技術を企業戦略と融合させ、明確な発展の方向性を確立できるのです。
綿密なAI戦略は、全社を導くビジョンと指針にもなります。リソース配分の優先順位を明確にし、部門を超えた共通認識を醸成します。その結果、組織のサイロ(縦割り)が解消され、現場レベルでの積極的なAI活用が促進されるでしょう。
特に歴史ある大企業において重要なのが、AI戦略浸透のための社内コミュニケーションです。硬直化したプロセスや保守的な文化の中では、経営層の意図が現場に届くまでに希釈されてしまいます。「経営層は熱心だが、現場は冷めている」という温度差を防ぐためにも、スタートアップのような迅速な伝達回路を意識的に構築する必要があります。
5. 実践への提言:AI時代を牽引する経営層の構築
本調査の結果は、経営者や人事・人材開発(L&D)担当者に対し、極めて実践的なアクションプランを示唆しています。
1. AIリテラシーを経営層の「必修科目」に設定する
AIをCIOやCTOだけの専門領域とする考え方は、もはや時代遅れです。変革を推進するのは「経営層全体のAIリテラシー」であることが証明されました。したがって、役員の登用や評価において、AIリテラシーを中核的な基準として位置づけるべきです。株主や取締役会も、経営チームが十分なデジタル素養を持っているかを厳しく評価する必要があります。
経営層向けのトレーニングは、極めて高いリターン(ROI)が見込める戦略投資です。単なる技術解説に留まらず、以下の要素を網羅したプログラムを設計しましょう。
- AI戦略の理解: AIがいかに業界構造やビジネスモデル、およびコアコンピタンスを再構築するかを理解する。
- AI活用の洞察: 自社の業務プロセスにおけるAI活用の主な場面とリスクを特定する。
- AIの倫理とガバナンス:責任を持ってAIを導入・運用し、データプライバシーやアルゴリズムのバイアスといった課題への対応策を学ぶ。
- AI推進のための組織と人材: AIイノベーションを推進する組織構造、文化、人材育成の仕組みの構築方法を学ぶ。
こうした学習を通じて、経営層全体がAIに関する「共通言語」を持つことができます。その結果、戦略策定やリソース配分の意思決定におけるスピードと一体感が劇的に向上するでしょう。
2. AI戦略に基づき採用を推進し、魅力的なビジョンでAIタレントを惹きつける
明確なAI戦略は、組織内部に発展の道筋を示すだけでなく、企業が外部の優秀なAIタレントを獲得するための指針ともなります。企業は、年次報告書、ホワイトペーパー、公開講演などを通じて、AI導入のビジョンと実行への意思を表明することで、「ここはAIタレントが才能を発揮し、価値を創出できるプラットフォームである」という強力なシグナルを人材市場に送ることが可能です。人事部門とマーケティング部門は密に連携し、全社のAI戦略を採用戦略に落とし込み、会社が必要とするAIタレント像を的確に定義する必要があります。
3.経営層自らが、組織内の障壁を打破することに注力する必要がある
どれほど経営層が優秀でも、古い組織構造がその実行を阻むことがあります。特に歴史ある企業では、この傾向が顕著であると調査で示されました。知見があっても、縦割り組織や前例主義がボトルネックとなり、採用や現場への実装が進まないのです。
したがって、企業の経営者は、組織内部の構造的な障害を取り除くことにこそ、リソースを注ぐべきです。例えば、各部門の業務におけるAI活用の奨励、試行錯誤とイノベーションを促す文化の醸成、部門間の連携の積極的な促進などを通じて、組織レベルの「AI推進力」を構築することが求められます。さもなければ、高尚なAI戦略も「会議室だけの絵空事」に終わり、現場の変革にはつながらない可能性があります。
UMUは、企業のビジネスの現場におけるAI活用を支援します
UMUは、AIトランスフォーメーションの戦略的パートナーとして、技術を「実務」に定着させる支援を行っています。提供する「大規模言語モデル時代の『AIリテラシー』養成講座」は、最先端の学術知見とビジネスの現場感を融合させたプログラムです。職種や役割に応じた多角的な視点から、明日から使えるAI活用法を習得できます。経営層の意識変革から現場のスキルアップまで。UMUは、全階層がAIを武器にし、成果を生み出すための組織作りをサポートします。
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