AI活用で組織コミュニケーションはどう変わる? 形式的な丁寧さを超え、「互いを尊重する文化」を育むリーダーシップ(学術論文レビュー)

企業組織において、日常業務に占める対人コミュニケーションの割合は、一般の従業員で50%、管理職に至っては80%にも上ります。従業員がAIを活用してコミュニケーションを行う場合、大規模言語モデル(LLM)はより丁寧で洗練されたテキストを出力できます。しかし、受け手がそのテキストをAI生成だと疑うと、そのメッセージへの信頼性が低下し、誠実さを欠いた形式的なものと見なされかねません。すなわち、AIを企業内のコミュニケーションに導入することは、効率を高め、相互尊重を促進する可能性があると同時に、効果的な管理が伴わなければ組織内の信頼を損なうリスクが生じるということです。

 

では、リーダーはどうすればAIの活用を促進し職場のコミュニケーションの質を向上させつつ、コミュニケーションそのものへの信頼を維持できるのでしょうか。学術誌 『Journal of Leadership & Organizational Studies 』に掲載された論文「人工知能と職場コミュニケーション:可能性、リスク、および政策提言」は、AIと職場コミュニケーションに関する議論の視点を「効率性」から「関係性と信頼」へと転換させました。著者は、AIは単にコミュニケーションの効率を高めるツールではなく、その本質を根本的に変える「副操縦士」であると指摘しています。

 

論文の核となる考え方は以下のとおりです。

 

〈AIは表現の質を高めるが、万能ではない〉

AIによるテキスト生成により不要な摩擦や誤解は軽減されますが、利用者は依然としてコミュニケーションの信憑性と信頼性を確保する必要があります。

 

〈リーダーは従業員が「ハンドル」を握っていることを確認する必要がある〉

AIはコミュニケーションを補助するために利用されますが、最終的な表現の判断は、従業員自身がコントロールする必要があります。

 

〈「形式的な丁寧さ」から「心からの尊重」への移行〉

AIは汎用的で平均化された丁寧な表現を生成しがちです。リーダーの重要な役割は、社員がAIを活用し、相手への敬意がより伝わるように個別化されたコミュニケーションを強化するように導くことです。

 

リーダーの役割:従業員によるAI活用を奨励し、改善を促す

職場のコミュニケーションにおけるAIの可能性と利点

この論文は、先行研究に基づき、AIが生成したコンテンツが人間の回答よりも高い共感性を示す可能性があると指摘しています。AIを活用したコミュニケーションは、人間関係における信頼感や親密さを高める可能性もあります。さらに重要なのは、AIが、白熱した議論から生じる攻撃的な返信などの、職場コミュニケーションにおける負の連鎖を断ち切る機会を提供してくれる点です。AIは「一時停止」と「内省」の緩衝地帯を生み出し、より建設的な表現を選択できるよう支援します。

AIには多くの利点がありますが、AIを活用したコミュニケーション能力の向上度合いは、従業員ごとに個人差が生じます。これは、AIリテラシー、テクノロジーへの受容性、個人のコミュニケーション習慣、そして活用意欲といった要因に左右されるためです。そのため、「強い者がさらに強く」なり、従業員間のパフォーマンス格差が広がる可能性があります。

 

従業員のAI活用を促すリーダーの役割

リーダーは、チームや組織全体のコミュニケーションレベルを向上させるため、従業員が積極的に幅広くAIを活用するように奨励すべきです。同時に、調査では、リーダーが透明性の高いツールを優先的に選び、AIの使用が追跡可能となるようにワークフローの透明化を推進することが推奨されています。

 

 

AI活用におけるユーザーの「主導権」の確保

AIはコミュニケーションをより丁寧なものにできますが、その活用には一連のリスクも伴います。

 

発信者が直面するリスク

〈スキルの低下〉

従業員がAIに過度に依存し、重要なコミュニケーションタスクを完全にAI任せにすると、自身のコミュニケーション能力が退化する可能性があります。これは「デジタル健忘症」や「使わない機能は衰える」という原理と同様です。

 

〈人間関係の希薄化〉

AIのみで完結したコミュニケーションは、人間的な温かみや人間特有の判断力を欠き、不適切な使用は人間関係を希薄化する可能性があります。

 

受信者が直面するリスク

  • 信頼の低下:受け手がコミュニケーションの内容にAIが関与していることを知ると、情報自体の価値を軽視し、不信感を抱く可能性があります。特に、以下の状況では、AIの関与がネガティブな反応を引き起こす可能性が高くなります。
  • 創造的な仕事や個人のアイデンティティに強く関わるタスク
  • 「How」ではなく「Why」を議論する高度なトピック
  • 重要な意思決定に関わる業務

 

AIを活用したコミュニケーションにおける人間の「主導的地位」の明確化

上記のリスクに対応するため、リーダーは、AI活用プロセスにおいて人間が確実に主導権を握るための明確なルールを確立する必要があります。

  • 内容の確認:AIによって生成されたすべての内容は、発信者本人による確認と校正を経ることを明確なルールとして定めます。
  • 最適解ではなく、複数の選択肢を提供:AIツールが「標準的な回答」を直接提示するのではなく、複数のコミュニケーション案を提供して利用者が選択できるよう指導します。これは、利用者の能動的な思考を促し、責任感を育むことにつながります。
  • センシティブな内容の事前アラート:感情的な内容やデリケートな話題を含むものに対しては自動でアラートを表示し、従業員に慎重な対応を促します。
  • 調整可能なオプションの提供:初期設定の選択肢や調整パラメータを提供することで、利用者がAI生成コンテンツのトーン、フォーマルさ、難易度などを自由にカスタマイズできるようにし、自律性を促進します。

 

AIコミュニケーションを「深い内省」につなげる「ダブル・ループ学習」のすすめ

AIは、丁寧ながら、汎用的で画一的な表現を生成しがちです。しかし、真に質の高いコミュニケーションは「尊重」に基づくものであり、相手固有の状況、ニーズ、アイデンティティを認識し、それに応えることが求められます。AIに過度に依存すると、コミュニケーションは形式的なマナーの域を出られず、より深い議論を妨げる可能性があります。

このような状況に陥る背景には、二つの異なるレベルの学習モデルが存在します。AIが直接生成する内容は「シングル・ループ学習」に属し、質の高いコミュニケーションに磨き上げることは、より深いレベルの「ダブル・ループ学習」となります。両者の違いは、個人や組織がコミュニケーションを学ぶ際に、フィードバックに基づいて「行動を修正」するのか、「背後にある考え方を内省」するのか、という点にあります。

 

シングル・ループ学習:行動のみを変える

根底にある前提や思考様式を変えることなく、具体的な行動を調整して一時的に問題を解決することが特徴です。シングル・ループ学習は出力内容を直接変えますが、それは表面的な修正に過ぎません。例えば、以下の例が考えられます。

  • メールの口調がぶっきらぼうすぎたため、AIの提案でより丁寧な表現に修正したが、「なぜ自分がそのような口調になりがちなのか」について内省はしなかった。
  • 営業担当者が顧客から返信の遅さを指摘され、AIのテンプレートを活用して迅速に応答したが、「我々は顧客のニーズを真に理解できているのか」という根本的な問いには至らなかった。

ダブル・ループ学習:考え方を変える

行動を調整するだけでなく、その背後にある仮定、価値観、思考のフレームワークを内省し、変革することが特徴です。その思考プロセスは、「問題の特定 → 原因の追究 → 従来の価値観や目標の妥当性を評価 → 必要に応じた再設定」です。ダブル・ループ学習は、組織や個人の「マインドシフト」を促し、より深いレベルの改善をもたらします。例えば、以下の例が考えられます。

  • 社員がメールでぶっきらぼうな口調を使っていた場合、AIで文章を洗練させるだけでなく、AIを使う過程でさらに「自分のコミュニケーションスタイルは相手への尊重に欠けていないか」と内省し、自身の職場コミュニケーションのあり方を改めた。
  • 顧客から返信の遅さを指摘された際、営業チームはAIで返信の効率を高めるだけでなく、「我々の内部承認プロセスが煩雑で、顧客への回答が遅れているのではないか?」と内省し、最終的に業務プロセスの再設計を推進した。

なぜAI活用において「ダブル・ループ学習」が強調されるのか

論文は、チームがAIに頼り表面的な礼儀正しさに終始すると、コミュニケーションの摩擦が低減されたように見えるものの、真の信頼構築に必要な情報が見失われ、長期的には信頼の喪失につながりかねないと示唆しています。

リーダーがチームにダブル・ループ学習を促すことで、AIを「組織コミュニケーションを内省する好機」として活用できます。例えば、「メタ・コミュニケーション」を通じて、チームメンバーが、自分たちが本当に望む対話のあり方について検討し議論することで、各自の好みや価値観を理解し、より深い信頼関係を築くことができます。また、新入社員研修において、人間関係におけるコミュニケーション能力の重要性を強調することで企業文化として根付かせることができます。

組織のコミュニケーションにおけるAIの導入方法

この論文の重要な示唆は、リーダーが直面している問題が「AIを組織コミュニケーションに導入するか否か」ではなく、「どのように組み込むか」であるという点です。AIを単なる効率化ツールから、組織のコミュニケーションの質と信頼性を高める「副操縦士」へと変えるには、リーダーによる戦略的な変革の推進が必要です。

 

利用者とAIの関係性の再定義

AIは単なる技術的な側面に留まらず、能力的な側面からも組織に影響を与えます。組織全体で評価すべきは、AI単独の成果ではなく、人とAIの協働による総合的な成果です。これは、社員のAIリテラシーが組織のコアコンピタンスになりつつあることを意味します。

さらに、職務階層ごとにAI検証の責任は異なります。現場の従業員は、AIが生成したコンテンツの正確性と適切性を検証する必要があります。一方、管理者が検証すべきは、従業員が提出した最終成果に加え、AIを合理的かつコンプライアンスを遵守し価値を生み出す形で利用したかどうかです。

 

リーダーは、以下の意識変革を推進する必要があります。

  • 信頼と検証:AIの出力を検証や評価をせずに、そのままビジネス上の意思決定や重要な業務に使用することは避けてください。利用者は最終結果に責任を持ち、AIの生成コンテンツに対して慎重な判断を下し、その正確性と適切性を主体的に検証する必要があります。
  • 作業プロセスの透明化:従業員は、重要な成果物を提出する際、AIの利用状況を主体的に説明し、AIとのやり取りのプロセスを添付する必要があります。例えば、従業員が大規模言語モデルを使用する際に作成したプロンプトを提出することが挙げられます。これは、業務プロセスの透明性を確保するだけでなく、協働プロセスの改善と見直しにもつながります。

 

大規模言語モデルを建設的に活用する

AIの最大の価値は、即座に使える答えを提供することではなく、学びを支援し、促進する「足場(スキャフォールディング)」としての役割にあります。UMUは「大規模言語モデルを建設的に活用する」という理念のもと、大規模言語モデルの出力を「標準的な回答」ではなく「参考となる回答」として捉えています。これは以下のことを意味します。

  • 複雑な問題に直面した際、AIは異なる視点の発想や論理構造を提供できます。しかし、最終的な判断、内省、そして意思決定は、人間が主導しなければなりません。
  • AIとのあらゆるやり取りは学習の機会となります。問題解決能力を高めるだけでなく、従業員が実際の業務でAIを活用する自信を育むことにもつながります。

UMUは、AI時代において、組織がより効果的で個別化されたコミュニケーションの新しいパラダイムを構築できるよう尽力しています。UMUが提供する『実践型AIリテラシー学習プログラム「AILIT」』のコースは、ケーススタディによる演習とリアルタイムのフィードバックを通じて、受講者が実際のビジネスシーンで「確認・評価を前提としたAI活用」を実践的に学べるよう支援します。その結果、組織は単発的なAI成果だけでなく、従業員全体のAIリテラシーの継続的な向上と、組織のコミュニケーション文化の改善という両面での成果を得ることができます。

 

UMUコラム一覧に戻る
  • まずはコレから!

    学びが変わる。組織が変わる。
    生成AI時代に成果を生む、
    UMUのAIラーニング戦略と事例を公開

    UMU会社資料

    UMU(ユーム)は、2014年にシリコンバレーで誕生し、現在では世界203の国と地域で100万社以上、日本では28,000社以上に導入されているグローバルAIソリューションカンパニーです。AIを活用したオンライン学習プラットフォーム「UMU」を核に、学術的な根拠に基づいた実践型AIリテラシー学習プログラム「UMU AILIT(エーアイリット)」、プロンプト不要であらゆる業務を効率化する「UMU AI Tools」などの提供により、AI時代の企業や組織における学習文化の醸成とパフォーマンス向上を支援しています。従業員が自律的に学び、AIリテラシーを習得・活用することで業務を効率化し、より創造的で戦略的な仕事に集中できる時間や機会を創出。これにより、企業の人的資本の最大活用と加速度的な成長に貢献します。